美容師さんと話していて、ふと思った。
「20年も続けてるのに、なんでこんなに自信なさそうなんやろ」
もちろん、本人の性格もあると思う。
でも、それだけじゃない気がした。
私はどちらかというと、根拠なく「いけるやろ」と思うタイプで、
これまであまり「迷惑かけたらあかん」と言われることもなくて育ってきた。
静かにしなさい、とか、
出過ぎたらあかん、とか、
そういうブレーキをかけられることも、ほとんどなかった。
だからなのか、
「とりあえずやってみよか」と思える。
一方で、社会に出てから出会う人の中には、
明らかに経験も実力もあるのに、
どこか自信なさそうに見える人もいる。
それがずっと不思議だった。
でも最近、少し分かってきた気がする。
自信って、能力よりも
「出ていいかどうかの前提」で決まるんじゃないか。
小さい頃から
「迷惑かけないように」
「空気を読むように」
「静かにしなさい」
そう言われ続けてきたら、
自然と「前に出ない方がいい」と感じるようになる。
逆に、あまり止められずに育つと、
「出てもいい」「やってみてもいい」という感覚が残る。
この違いは、思っている以上に大きい。
しかもややこしいのが、
学生のうちはあまり差が出にくいこと。
テストは公平で、
やった分だけ結果に出るから、
自信もつきやすい。
でも社会に出ると、
評価の基準が曖昧になる。
社会人になると、勉強できる環境そのものに差があるなと感じることもある。
それって、ある意味では贅沢なことなんやと思う。
同じことをしていても、
人によって評価が変わることもあるし、
「女性やから〇〇」みたいな空気も、まだゼロではない。
前に出たら強いと言われて、
控えたら自信がないと言われる。
どっちにしても正解がない。
そういう環境の中で、
少しずつ「自分が悪いのかな」と思うようになる。
結果として、
本当はできる人でも、自信がなさそうに見える。
これは能力の問題じゃなくて、
環境の影響の方が大きいんじゃないかと思う。
たとえば、共学だと女子は文系に進みやすいのに、
女子校だと理系科目の成績も上がりやすい、という話がある。
これも、能力の差というより、
「自分でもできそう」と思えるかどうかの違いだと思う。
人は、できるかどうかより、
「できそうかどうか」で選ぶ。
実際に、自分でも「私はアホだから、開業しようと思えた」と感じることがあって、
変に考えすぎない方が動けることもあるなと思う。
だからこそ、
自信がある人とない人の違いって、
性格でも能力でもなくて、
「どんな環境で、どんな言葉をかけられてきたか」
その積み重ねの差なのかもしれない。
逆に、私はこれまで
父からよく言われていた言葉がある。
「自信持っていけ」
「自分らしくやれ」
正直、そのときは深く考えていなかったけど、
今思うと、この言葉がそのまま自分の前提になっている気がする。
「出てもいい」
「やってみてもいい」
そう思えるのは、
もともとの性格というより、
そういう環境で育ってきたからなのかもしれない。

