地方で行政書士を目指すと、なぜか試される理由

行政書士試験

都会ではどうか分かりません。

でも地方で「行政書士を目指しています」と言うと、
なぜか空気が少し変わります。

そもそも、身近に行政書士がいる人は多くありません。

親戚にいる。
友人が開業している。

そんな話は、正直あまり聞きません。

だからこそ、

「行政書士を目指しています」

そう言った瞬間、
なぜかこちらが値踏みされる側になる。


反応はだいたい2つに分かれる

ひとつは、

「すごいね、頑張って」

これは、そのまま受け取っていい。
素直に応援してくれている人です。

もうひとつは、

「へー、そんな資格とってどうするん?」

悪気があるのかもしれないし、ないのかもしれない。

でもその言葉には、

“それって意味あるの?”
“本当に現実的なの?”

という温度が含まれています。


社会人が本気で勉強すると、なぜか浮く

日本では、社会人になってから
本気で資格の勉強をする人は、まだ少数派です。

仕事をして、
帰宅して、
また机に向かう。

それを続ける人は、実はそんなに多くない。

だからこそ、

「そんな時間あるなら働けば?」
「時間があって羨ましい」

そんな感情が混ざることもある。

努力そのものより、
“変わろうとしている姿”がまぶしく映ることもある。


合格しても、評価は揃わない

そして合格後。

「おめでとう」と言ってくれる人もいる。

でも中には、

「へー、頭よかったんやな」

努力の過程ではなく、
もともとの能力だったことにされることもあります。

何百時間も机に向かった時間は、
外からは見えないからです。


誰かの許可はいらない

でも。

誰も、あなたの人生の責任は取りません。

否定する人も、
軽く流す人も、
応援してくれる人も、

あなたの代わりに勉強はしてくれない。

試験当日、問題と向き合うのも自分。
その後の人生を選ぶのも自分です。

理解されなくてもいい。

納得しているのが自分なら、それでいい。

誰かの許可はいらない。

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